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ソープランド遊遊CLUBの歴史
遊遊CLUBは平成初期、日本有数の工業地帯、百万都市北九州の小倉北区船頭町で現オーナーのもと「ハイクオリティ」をコンセプトに高級店として産声をあげ、以来お客様のご支援により華やかな実績を誇って参りました。
「ハイクオリティ」をコンセプトに掲げてはいましたが、オーナーが若年だったため遊び心を持ち「お湯で遊ぶ」「悠々と遊ぶ」等の言葉を掛け合わせて、”遊遊CLUB”と名付けられました。これが店名誕生の由来です。 以来数年の間、皆様のご支援とご愛顧を受け、順調に遊遊CLUBは成長して参りました。
その後、新世紀を迎え、事業拡大のためオーナーが実質経営から一歩退き、後任の責任者にプロデュース等の権限を与えることにより、遊遊CLUBの形態も少しずつ変化して行きました。
そして時代と共に移り行くお客様のニーズにお応えするべく、また、数々の性風俗産業の中で”風俗の王様”と称されるソープランドの良さを幅広い層のお客様に知っていただこうと、2007年春、再び現オーナーがプロデューサーとして復帰いたしました。
その機に開店当時の広報スタッフも復帰し、新たなコンセプトに「ニューラグジュアリー」を掲げ、お店を支えてきたスタッフらと共に新たなる遊遊CLUBを育もうと日々尽力しております。
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◆前史
古くより、女性による接客は珍しくなく、神社の巫女が副業で官人などの接待を目的としたり、江口、神崎のように港や宿場で遊女が多く集まる地域があったと言われています。また、室町時代には足利将軍家が京都の傾城屋から税金を徴収していた歴史があります。
◆遊郭の誕生
港や宿場町のような男衆が多く集う場所には遊女が自然と集まって来ます。そうして集まって出来た遊女屋(=妓楼(ぎろう))の一区画を遊里と呼びますが、他にも遊女町・遊廓・青楼などさまざまな名称がつけられ親しまれました。一般的には、許可された遊里を「遊廓」と呼んでいたようです。
◆遊郭の文化
江戸時代初期、遊廓は代表的な娯楽の場であり、文化の発信地でもありました。上級の遊女(芸娼)は太夫(たゆう)や花魁(おいらん)などと呼ばれ、富裕な町人や、武家・公家を客としました。。このため上級の遊女や「太夫」と称されるような高級遊女は、美貌だけでなく、大名の席に出ても恥ずかしくないだけの教養を身につける必要がありました。
江戸中期以降は度々の取締りを受けながらも、遊廓以外の岡場所が盛んになり、また、遊郭自体もの大衆化が進み、一般庶民が主な客層とへと変わっていきました。
◆近代以降の遊郭
明治政府が成立し、1872年マリアルス号事件をきっかけに芸娼妓解放令が発令されました。しかし、人権問題の解消を促す目的とは裏腹に法令としてはあまり機能せず、女性がおかれた状態はあまり変わらなかったといわれています。また、本人の意志に基づく売春行為は認められたため公娼制度は再び発展していきました。
そして、第二次世界大戦後の1946年にGHQの政策により公娼制度が廃止されることになりましたが、代わりにカフェーを開き男性を接客する形で営業許可を与えました。戦前から警察では、遊郭などの風俗営業が認められる地域を、地図に赤線で囲んで表示しており、これが赤線の語源であるといわれていますが、公娼制度の廃止後もカフェーと看板を変え、ほぼそのまま「赤線」の通称で呼ばれる地域となっていきました。
そしてついに1956年、売春防止法が成立し、1958年同法の施行と共に公娼地域としての遊廓の歴史は、完全に幕を閉じる事になりました。
◆トルコ風呂とソープランドの誕生
元来、トルコ風呂とは中東地域の伝統的な公衆浴場のことを言います。蒸し風呂で、中では垢すりのサービスが行われていて、これが中東随一の大国であったトルコの名前で日本に紹介されたものとみられます。
日本初の「トルコ風呂」と呼ばれる個室浴が誕生したのは、1951年、東銀座に開店した東京温泉であるとされています。これはサウナ施設がメインで、女性がマッサージサービスを行うものでした。女性は着衣であり、性的なサービスも厳禁とされていました。しかし、個室であることから業者の一部はしだいに性的なサービスを行うようになっていきました。
1958年、売春防止法の施行により赤線は廃止され、吉原では「トルコ風呂」に転向する店も出てきました。そして1966年「風営法」改正により「個室付浴場(サウナ)」として許可されました。
「トルコ風呂」が性風俗店の名称として広く通用する言葉になっていきましたが、主に日本に在住するトルコ共和国出身者の間で反発が募り、改名運動なども起こりました。そしてこの問題が広く一般に公になり、「東京都特殊浴場協会」が「トルコ風呂」に代わる名称を公募して、1984年12月19日、「ソープランド」と改称しました。
呼称は変わりましたが、以前のサービスを受け継ぎながら現在に至っています。
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